「ビジネスは、想いから始まる」
そう言うと、少し精神論のように聞こえるかもしれない。
企業は市場を分析し、顧客ニーズを捉え、競争優位性を構築し、利益を生み出す。
その意味では、ビジネスは極めて合理的な活動である。
しかし、新しい事業やサービスが生まれる瞬間まで遡ってみると、必ずしも合理的な分析だけでは説明できないものが残る。
「この課題を解決したい」
「もっと良い方法があるはずだ」
「こんな未来をつくれないだろうか」
まだ市場規模も、KPIも、要件も存在しない段階にある、人間の意思である。
では、この「想い」は、ビジネスにおいてどのような意味を持つのだろうか。
伝統的な経営戦略では、市場環境を分析し、目標を設定し、その実現に必要な資源や行動を決めるという考え方が重視されてきた。
「どこへ行くか」を決め、そのための方法を考える。
いわば、目的から手段を逆算するアプローチである。
しかし、起業や新規事業のように不確実性が高い領域では、そもそも未来を正確に予測することが難しい。
そこで異なる視点を提示したのが、経営学者サラス・サラスバシーが提唱した「エフェクチュエーション(Effectuation)」である。
エフェクチュエーションでは、未来を予測して最適な計画を立てることよりも、「いま自分たちが持っているもの」から行動し、他者との関係や試行錯誤を通じて未来をつくっていくことを重視する。
つまり、新しいビジネスは必ずしも、
市場分析 → 戦略 → 実行
という一直線のプロセスから生まれるわけではない。
「自分はこれを知っている」
「こんな問題を感じている」
「この人たちとなら何かできるかもしれない」
そうした極めて人間的な起点から動き始めることがある。
そこには、合理性より前に「意思」が存在している。
近年、経営においてPurposeという言葉が広く使われるようになった。
「なぜ、この企業は存在するのか」
という問いである。
Purposeは、企業の意思決定や組織を方向づける重要な概念である。
一方で、今回考えたい「想い」は、Purposeよりもさらに手前にあるものかもしれない。
Purposeとして明文化される以前の、
「これ、おかしいんじゃないか」
「もっとこうなればいいのに」
という違和感。
あるいは、
「こんなものをつくってみたい」
という好奇心。
まだ言葉として整理されていない、曖昧な意思である。
事業が生まれるとき、人は必ずしも最初から明確なPurposeを持っているわけではない。
行動し、他者と話し、試し、失敗する。
その過程で、
「自分たちは、本当は何を実現したいのか」
が少しずつ言語化されていくこともある。
想いが事業を生み、事業をつくる過程で、逆に想いの輪郭が明確になっていくのである。
一方、事業が具体化すると、「想い」はそのままでは扱えなくなる。
「もっと使いやすいサービスにしたい」
という意思があったとする。
それを組織として実行するためには、具体的な目標へ変換しなければならない。
たとえば、
顧客満足度を上げる。
継続率を上げる。
離脱率を下げる。
問い合わせ件数を減らす。
そしてKPIが設定されると、さらに施策へ分解される。
導線を変更する。
入力項目を減らす。
機能を追加する。
UIを変更する。
こうして、
想い → 目的 → 指標 → 要件 → 実装
という翻訳が行われていく。
組織が大きくなるほど、この翻訳は必要になる。
抽象的な意思だけでは、多くの人が同じ方向へ動くことは難しいからである。
しかし、ここには一つの問題がある。
翻訳を繰り返すほど、最初にあった意味が失われる可能性があることだ。
「離脱率を5%改善する」
プロジェクトの目的としては明確である。
しかし、それだけを見て仕事をしていると、
なぜ離脱率を改善したかったのか、
その先にどんな顧客体験をつくりたかったのか、
という問いは次第に見えなくなる。
これは「手段の目的化」と呼ばれる問題にも近い。
本来、何らかの目的を実現するためにつくられた指標や制度が、運用される過程で、それ自体を達成することが目的になっていく。
KPIを達成する。
仕様を満たす。
納期を守る。
もちろん、すべて重要である。
しかし、それらは本来、何らかの価値を生み出すための手段だったはずだ。
組織が合理化されるほど、最初にあった「なぜ」が見えにくくなる。
ここに、ビジネスにおけるデザインの重要な役割がある。
デザインというと、具体的なアウトプットをつくる活動として理解されることが多い。
Webサイト。
プロダクト。
ロゴ。
広告。
UI。
しかし、デザインのプロセスでは、その前段階に多くの問いが存在する。
誰のためにつくるのか。
その人は、何に困っているのか。
どんな状態を実現したいのか。
なぜ、それをつくる必要があるのか。
つまりデザインは、具体的なものをつくりながら、同時に「意味」を問い直す活動でもある。
人間中心設計(Human-Centered Design)が、利用者のニーズや状況を起点として解決策を設計していくことを重視するのも、その一例だろう。
ビジネスが、
想い → 目的 → KPI → 要件 → 実装
と具体化していく活動だとすれば、
デザインには、
実装 → 体験 → 人 → 目的 → 想い
と遡る力がある。
「このボタンは、なぜ必要なのか」
から、
「私たちは、誰の何を変えようとしているのか」
まで戻る。
この往復運動こそ、デザインがビジネスにもたらす重要な価値の一つではないだろうか。
想いだけでは、ビジネスにならない。
市場も必要である。
収益も必要である。
組織も必要である。
KPIも必要である。
一方で、それらだけでも新しい価値が自動的に生まれるわけではない。
「何を実現したいのか」という人間の意思があり、それを現実の制約の中で具体的な価値へ変えていく必要がある。
そこに、デザインが存在する。
抽象と具体。
意思と実装。
企業と顧客。
ビジネスと人。
その間を行き来しながら、まだ形になっていないものに輪郭を与えていく。
そう考えると、デザインを「ビジネスの最後に行う工程」と捉えることには、やはり違和感がある。
デザインは、最後に形を整えるものではなく、
ビジネスの起点にある意思と、社会に生まれる体験をつなぐ活動
とも捉えられるからだ。
ビジネスの始まりには、人の意思がある。
そして、その意思を社会の中で意味のある形へ変えていく。
そのプロセスにこそ、デザインがもっと深く関わる余地がある。
次は、実践のステージへ。