2026.8.25
一足の、履きつぶされたスニーカー。
世界的な玩具メーカーLEGOが、子どもたちについての思い込みを見直すきっかけのひとつになったのは、そんな何気ないものだったという。
2000年代初頭、LEGOは厳しい経営状況にありました。
デジタルゲームが広がり、子どもたちを取り巻く環境も大きく変化していた時代。
当時、LEGOは子どもたちについて、ある仮説を持っていました。
これからの子どもたちは、すぐに結果が得られるものを好むのではないか。
何時間もかけて、小さなブロックを組み立てる。
そんな遊び方は、時代に合わなくなっていくのではないか。
そこでLEGOは、より短い時間で完成できるよう、商品をシンプルにする方向へ動いていきます。
一見すると、とても合理的な判断です。
ところが、実際の子どもたちの生活を深く見ていくと、違うものが見えてきました。
少年が大切にしていた、古いスニーカー
LEGOのユーザーリサーチをめぐって、よく知られているエピソードがあります。
調査チームが、ドイツに住む11歳の少年の家を訪れたときのこと。
少年に「大切にしているもの」を尋ねると、彼が見せたのは、高価なおもちゃでも、新しいゲームでもありませんでした。
履き古した、一足のスニーカーでした。
少年はスケートボードが好きでした。
そして、そのスニーカーについた擦り傷は、自分がスケートボードの技を何度も練習し、上達したことを示すものだったのです。
だから、彼にとってその古いスニーカーは特別だった。
新しいから価値があるわけではない。
簡単に手に入ったから嬉しいわけでもない。
その証拠だから、大切だったのです。
このような生活観察から、LEGOは子どもたちについて持っていた仮説を見直していきます。
子どもたちは、本当に「簡単で、すぐに結果が出るもの」だけを求めているのだろうか。
むしろ、
難しいことに挑戦する。
少しずつ上手くなる。
時間をかけて完成させる。
そして、自分ができるようになったことを実感する。
そんな「習熟する体験」そのものにも、大きな価値があるのではないか。
LEGOはその後、子どもたちの実際の遊び方を深く観察するリサーチを重ね、難易度や細部、ストーリー性を改めて重視していきました。
この話が面白いのは、
少年が、
「もっと難しいLEGOをつくってください」
と言ったわけではないことです。
「小さいブロックに戻してください」
と言ったわけでもありません。
彼が見せたのは、
ただの古いスニーカーです。
でも、そのスニーカーの理由を聞いていくことで、
「難しいことを習得することに喜びを感じる」
という、彼自身も商品への要望としては表現していなかった価値観が見えてきた。
ここに、ユーザーリサーチの面白さがあります。
ユーザーの声を聞くことは、とても大切です。
ただ、
ユーザーの声=答え
とは限りません。
サービスを運営していると、さまざまな声が届きます。
「検索機能が欲しい」
「このボタンをここに置いてほしい」
「この画面からも移動できるようにしてほしい」
どれも、とても大切な声です。
でも、そのまま機能に置き換える前に、一度考えてみる。
なぜ、検索機能が欲しいのだろう。
話を聞いてみると、
「見たい情報がどこにあるのか分からない」
のかもしれない。
そうだとすると、本当の課題は検索機能がないことではなく、
情報にたどり着きにくいこと
かもしれません。
それなら、
検索機能を追加することが答えなのか。
カテゴリーを整理した方がいいのか。
画面の構成を変えた方がいいのか。
そもそも、探さなくても自然に出会えるようにした方がいいのか。
解決策はいくつも考えられます。
ユーザーが教えてくれた「検索機能が欲しい」は、
答えではなく、
課題を見つけるための入口だった
とも考えられます。
VoC(Voice of Customer)という言葉があります。
直訳すれば、「顧客の声」。
企業にとって、ユーザーから直接届く声はとても貴重です。
自分たちだけでサービスをつくっていると、どうしても見えなくなることがあります。
分かりにくい。
使いにくい。
迷う。
もっとこうしてほしい。
つくっている側には当たり前になってしまったことを、ユーザーは教えてくれます。
だから、声を聞くことは大切です。
でも、もう一歩だけ踏み込んでみる。
「これが欲しい」
と言われたら、
なぜ、それが欲しいのか。
「ここが使いにくい」
と言われたら、
その人は、そこで何をしようとしていたのか。
「もっとこうしてほしい」
と言われたら、
本当は、どんな状態になりたいのか。
言葉そのものだけではなく、その背景にある行動や感情を見る。
すると、最初に聞いた要望とは違う課題が見えてくることがあります。
ここで、ひとつ大切なことがあります。
「ユーザーの声は答えではない」というのは、
ユーザーの声を聞かなくていい、という意味ではありません。
むしろ逆です。
ユーザーは、そのサービスを実際に使っています。
迷った本人です。
困った本人です。
「何か違う」と感じた本人です。
だから、その感覚には大きな価値があります。
ただし、
感じている課題と、その課題をどう解決するかは別の話です。
ユーザーが、
「ここにボタンが欲しい」
と言ったとき。
その人が本当に欲しいのは、ボタンではありません。
その先にある、
「もっと簡単に操作したい」
「迷わず目的にたどり着きたい」
という状態なのかもしれない。
そこまで理解して初めて、デザインする側が考えることができます。
もし、届いた要望をすべてそのまま実装していったらどうなるでしょう。
機能が増える。
ボタンが増える。
説明が増える。
できることは増えていく。
でも、それが必ずしも「使いやすいサービス」につながるとは限りません。
場合によっては、機能を増やすほど複雑になってしまうこともあります。
だからこそ、
何を足すかだけではなく、何を足さないかを考える。
その判断もデザインなのだと思います。
ユーザーの声を聞く。
行動を見る。
その背景を想像する。
仮説を立てる。
そして、別の解決方法を考えてみる。
ユーザー自身もまだ言葉にできていないものを見つけ、それを形にする。
デザインの役割は、
「言われたものをきれいにつくること」
だけではありません。
まだ言葉になっていない課題を見つけること。
そこから始まるデザインもあります。
古いスニーカーを見て、
「古い靴だな」
と思うこともできます。
でも、
「なぜ、この少年はこの靴を大切にしているのだろう」
と考えることもできます。
見えているものは同じです。
違うのは、
そこから、どこまで「なぜ」を考えるか。
ユーザーの声も、きっと同じです。
「この機能が欲しい」
という言葉だけを見るのか。
その奥にある、
「なぜ、この人はそう思ったのだろう」
まで考えるのか。
その小さな違いから、つくるものは大きく変わるかもしれません。
ユーザーの声は、「答え」ではない。
でも、
答えを見つけるための、とても大切な入口です。
声を聞く。
でも、答えを委ねない。
その声の奥にある、まだ言葉になっていないものを考える。
そこから新しい答えをつくることもまた、
デザインなのだと思います。
FeatU編集部では、これからもデザインとビジネスをつなぐ視点から、新規事業開発、サービスデザイン、ブランディングについて発信していきます。
デザインを、ビジネスの意思決定の中心へ。
その未来に共感してくださる方と、一緒にこのコミュニティを育てていけたら嬉しく思います。
そのコミュニティプラットフォームである「FeatU」は現在、β版として公開中です。
次は、実践のステージへ。